「ストレス」についての誤解。ストレスが身体に悪いとは限らない

多くの人が、「ストレス」について、「人間の健康や幸福にとって有害な避けるべきものだ」という誤解をしています。

しかし、ストレスは人間にとって必要な仕組みであり、単にそこから逃げようとすると不幸になる可能性が高いのです。

「ストレス=避けるべきもの」説はどこから始まったのか?

アメリカでは、いまだに多くの人が、「ストレスは有害なのでとにかく避けるべきもの」だと思っているそうです。これほどまでにストレスが悪者にされたのは、ある経緯があります。

1936年、ハンガリーの内分泌学者ハンス・セリエは、ラットにさまざまな苦痛を経験させたところ、いずれの場合にも同じ症状が表れることを発見しました。

極度の熱さや寒さで苦しめたり、休みなしに運動させたり、騒音で驚かせ続けたりなど、違う方法で苦しめても、消化器潰瘍や免疫不全といった共通の症状が出ます。それぞれの状況に対する特定の反応ではなく、「ストレス」という共通のものによって、ラットの身体には同じ反応が起こるのです。

こうして、「ストレスの科学」が誕生しました。

セリエは「ストレス」という用語を、ラットに与えた行為を指す言葉としても、ラットの身体に表れた反応を指す言葉としても使いました。この「ストレス」という言葉の使い方は現在まで続いています。

わたしたちは「ストレス」という言葉を自然に使っていますが

  • ストレス=ストレスが起こる状況
  • ストレス=ストレスが起こる状況においてわたしたちの身体に起こるストレス反応

という二つの意味があります。

ストレスを提唱したハンス・セリエは、ノーベル賞候補として10回も名前が挙がりました。セリエが執筆した本は、世界初のストレスマネジメントの入門書になりました。

内容は「ストレス=悪者」説で、この影響が大きく、いまだに多くの人がストレスは良くないものだと考えています。

しかしセリエの論には飛躍があり、ストレスという言葉の定義が広範すぎました。実験を受けるラットの「ストレス」と、わたしたちが日常で受ける「ストレス」の程度は大きく違うからです。

大きな苦痛を立て続けに与えられ、虐待されれば、そのような状況(ストレス)は避けるべきとしか言いようがありません。しかし、拷問に近い状況での「ストレス」と、わたしたちが普段仕事などから感じる「ストレス」は、その程度においてまったく別物です。極端なストレスを避けるべきだからといって、必ずしもあらゆるストレスを避けるべきということにはなりません。

実は、セリエの研究活動に目をつけたタバコ業界が、研究の資金提供者になりました。タバコ業界の差し金で、セリエはアメリカ連邦議会で「喫煙はストレスによる害の予防に役立つ」という証言まで行ったのです。

ストレスを感じる状況はよくないので、そのストレスをタバコで打ち消すと健康に良い、というわけです。

それから、さすがにセリエもストレスが身体に悪いとは限らないことを認め、70年代のインタビューでは

ストレスはつねに存在します。ですからストレスが自分の役に立つように、そして周りの人たちの役に立つように、うまく利用することが大事です

とまで言っています。

しかしすでに手遅れでした。「ストレスは(それが程度の軽いものであれ)有害である」という認識は、世の中に広く行き渡ってしまったのです。

ストレス反応が1種類しかないというよくある誤解

ストレスに対して、非常に多くの人がしている誤解は、ストレスが「その場から逃げるように働きかける」1種類の作用しかないというものです。

脅威を感じたときに、闘ったり逃げたりするためのストレス反応は、「闘争・逃走反応」と呼ばれています。これは脈拍のある動物すべてに備わっている作用であり、命が脅かされる場面に出くわしたとき、アドレナリンが分泌され、身体が瞬時に行動を起こせるようなモードになります。

これはもっとも原始的なストレスの作用で、大昔であれば野生動物から逃げたり闘ったりするときに役立ちました。現在も火事になったり溺れたりなどの命の危険に関わる場合に発動します。

しかし、闘うか逃げるかだけのストレス反応は、現代の生活においてはミスマッチとしか言いようがありません。

現代のストレスのほとんどは慢性的なものであり、仕事や子育てなどの場面で、その場から逃げ出したり上司を殴ったりしても問題の解決にはなりません。失業や借金などの不安に対して、「闘争・逃走反応」が何らかの解決をもたらしてくれるわけではありません。

健康心理学者のケリー・マクゴニガルは

人間のストレス反応はそんなに単純なものではなく、全体像を見れば、はるかに複雑であることがわかります。
ストレス時にあなたの体に起こる反応は、闘うか逃げるかだけではありません。人間と同じようにストレス反応も、長い歴史のなかで進化し、現代社会に適応しやすいかたちに変化したのです。

と述べています。

ストレス反応の作用については研究が進んでいて、その場から逃げたり闘ったりする作用とは別に

  • 困難にうまく対処する「チャレンジ反応」
  • 人とのつながりを強める「思いやり・絆反応」
  • 学び、成長する「ストレス免疫」

という作用があることがわかっています。

ストレス反応は、問題を乗り越える力を人間に与えてくれるのです。

「ストレスのかかる環境は有害」と「ストレス反応は目の前の状況から逃げるためにある」が組み合わさり、「とにかくストレスを避けろ!」という考え方をしている人がたくさんいますが、それは間違っています。

ストレスがわたしたちを助けてくれる作用

現代のさまざまな問題に適応するためのストレスの効果を見ていきましょう。

困難にうまく対処する「チャレンジ反応」

ストレスを感じながらもそれほど危険でない場合は、脳と体は「チャレンジ反応」という、「闘争・逃走反応」とは別の状態に切り替わります。

「チャレンジ反応」が起こると、気分を高揚させる脳内化学物質が急増し、集中力は高まりますが恐怖は感じません。

例えば、「フロー(やっていることに完全に没頭している状態)」に入っている人には、「チャレンジ反応」の特徴が明確に現れます。

アスリートやアーティストなど特定の技能に習熟した人は、プレッシャーがかかる場面でもストレスを受けず落ち着いているといったイメージがありますが、実際は逆で、多くのストレスを感じ、「チャレンジ反応」が強く表れます。

ストレスを受け、体がそれに反応することで、精神的にも肉体的にも力が湧いて最高のパフォーマンスを発揮することができるのです。

人とのつながりを強める「思いやり・絆反応」

ストレスに対する反応として、人の気持に敏感になり、社会的なつながりを求めるというものがあります。

ストレスを受けると、オキシトシンという、相手を思いやり誰かのために何かをしたくなるホルモンが分泌されます。オキシトシンは、アドレナリンと同様に、ストレス反応によって生じる物質のひとつです。

つまり、ストレスを受けると社交的になり、利他的になります。

この作用は、危機的な状況において、誰かに助けを求めたり、誰かを助けたりするのに役立ちます。

学び、成長する「ストレス免疫」

見過ごせないことのできないストレスの効果は「回復」です。実は、体は回復のためにさまざまなストレスホルモンの力を借りています。

大きな事故にあったばかりの人たちの尿サンプルを調べた1990年代広範の研究では、PTSD(心的外傷ストレス障害)を発祥しなかった人の尿は、コルチゾールとアドレナリンという二つのストレスホルモンが高く出ました。事故のときに多くのストレスを受けたほど回復が早いということです。

ストレス反応が起こったときに分泌されるホルモンは、心身の回復を助けます。精神的、身体的なダメージを受けたときに、ストレスを感じないほうがむしろ危ないのです。

さらに、ストレスからの回復プロセスは一時的なものに終わりません。強度のストレス反応が起こったあとには、脳は数時間かけて神経細胞間の結合を「再配線」し、ストレスの経験を記憶し、そこから学ぼうとします。大きなストレスを受ける事態に直面したとき、恐怖やショックや怒りなどさまざまな感情を経験しますが、それが次回に活かされるのです。

心理学ではこの作用を「ストレス免疫」と言います。ストレスは心身を回復させ、次に同じストレスを受けるような状況に陥ったときは、前回よりももっとうまく対処できるようにしてくれます。

ストレスから逃げることが正しいとは限らない

以上、ストレスの良い部分を挙げていきました。ストレスを感じるからといって逃げたり闘ったりすればいいとは限らず、そもそも現代のストレスのほとんどは「闘争・逃走反応」が適応できない種類のものです。

もともとストレス反応は、困難を切り抜け、自分を成長させてくれるためのものでもあるのです。

「考え方」が人生を左右する?マインドセット効果の重要性

で詳しく述べたように、「ストレスは有害だからなるべく避けるものだ」と考えるのと、「ストレスが自分を励まして成長させてくれる」と考えるのとでは、パフォーマンスに大きな差が出ます。

重要な仕事の多くにはストレスが必ずついてきます。過度なストレスが続く状況からは逃げ出すべきですが、ストレスそのものを避けていては何もできません。

ストレスを受けている人ほど幸福

幸福度とストレスの関係を調べた研究の結果を見ると、「最も幸福なのは、大きなストレスを感じていながらも、精神的に落ち込んでいない人たち」という結果が出ます。ストレスが多い人のほうが、愛情や健康に恵まれ、人生に対する満足度が高い傾向にあるのです。

2013年に、スタンフォード大学とフロリダ州立大学の研究者たちが、18歳から78歳までの幅広い層のアメリカ人を対象に「自分の人生は生きがいがあるといえるのか」という調査を行いました。

すると、人生で強いストレスを感じた経験が多かった人たちほど、「生きがいのある人生を送っている」と自分で考えていました。

最も大きなストレスの原因は「仕事」であり、次は「育児」と、どちらも人生において重要なものです。

そして、ストレスの少ない生活を送っている人たちは、意外にもあまり幸せを感じていないことが明らかになりました。

多くの人は「こんなに忙しくなかったら、もっと幸せになれるのに」と思っていますが、実際は正反対で、ストレスをたくさん受けている人ほど幸福である傾向が顕著なのです。

退職後はうつ病を発症するリスクが40%も高まるそうですが、ストレスから完全に開放されるとむしろ危険です。

ストレス反応は自分を助けてくれる作用です。もちろん「ストレスを受けている」という状態はあまり良い気分ではないのですが、乗り越えるべき課題であり、成長できる機会だと思って立ち向かったほうが、幸福な人生を送りやすいのです。

まとめ

  • 「ストレスは有害であり避けるべきもの」という誤解を多くの人がしている
  • ストレス反応は、その状況に対応できるようにする力を人にもたらしてくれる
  • 人生の充実につながる仕事とストレスは不可分であり、実際にストレスを多く感じている人ほど幸福度が高い

(参考:ケリー・マクゴニガル(著)、神崎朗子(訳)『スタンフォードのストレスを力に変える教室』第2章、第3章)

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