不幸な目や理不尽な目に合ったとき、あるいは慢性的な絶望感に苛まれているとき、良くない状況から抜け出すためには何をすればいいのでしょうか?
実は、自分がピンチのときこそ、「誰かを助けること」でそれを切り抜けられることがわかっています。
男性と女性とでストレスの対処法が違う?
ストレスを受けたとき、男性は研究室に閉じこもりがちなのに対して、女性はみんなでおしゃべりをする傾向ががり、男性と女性とでストレスへの対処の仕方が違うのではないかと考えた心理学者がいました。
「ストレスが攻撃性につながる」という類の研究を調べると、なんとその研究事例の90%が、人間・動物ともに、「雄」の性を対象に行われた実験でした。
その後、女性を対象とした研究が進み、ストレスには、思いやりを強め協力を促す作用がある証拠が発見されました。
ストレスを感じると、女性たちは思いやりを強め、子どもやパートナーや仲間など、周りの人をいたわります。相手の話に耳を傾け、ともに時間を過ごしえ精神的に支えるなどして、積極的に絆を深めようとするのです。
これらは、「思いやり・絆反応」と呼ばれ、女性特有のストレス反応として研究が始まりましたが、まもなく男性にもそれがあることがわかりました。
今までは「人はストレスを感じると自己防衛に走る」というのが定説でしたが、「ストレスを受けると仲間を助けようとする」本能があることがわかったのです。
そして、「思いやり・絆反応」が起こると、希望や勇気の感情を生み出す脳のシステムが活性化し、困難な状況に対応しやすくなります。
誰かを助けることは自分を助けることにもなる
自分自身の行いが原因のストレスであったとしても、誰かの手助けをすることで、ストレスを力に変えることができます。
誰かを助けることは、それに割いた時間を十分にペイできるほど、自分の助けにもなることが多いのです。
ペンシルベニア大学ウォートン・スクールの研究者たちは、仕事で時間に負われるプレッシャーを軽減する方法を探していました。
研究から彼らが得た結論は以下のようなものです。
時間がないとあせっているときほど、時間を惜しまずに誰かの手助けをしたほうがよい―そんな余裕はないと思いがちだが、あえてそうするべきなのだ
ウォートン・スクールの実験では、仕事に追われている参加者に思いがけないご褒美として自由時間を与え
- 「好きなように過ごしてください」
- 「その時間を誰かの手助けに使ってください」
とそれぞれ指示しました。
驚くべきことに、自分の貴重な時間を誰かの手助けにあてた後者の人ほど、「自由な時間がない」という感覚が和らぎました。
自由時間を与えられ、実際に自由に過ごした人よりも、自分の自由時間を誰かのために使わなければならなかった人のほうが、体感としては「自由な時間がある」と感じたのです。
さらに、誰かのために時間を使った人は、「能力がある」「仕事ができる」「人の役に立てる」などのアンケート項目で、自分のことを肯定的に評価することができました。
つまり、「誰かを助けることは自分を助けることになる」という機能が人間には備わっているということです。「人を助けるべきという規範」ではなく、「思いやり・絆反応」という生理的なストレス反応がそれを後押しするのです。
苦しみから生まれる利他主義
心理学者のアーヴィン・シュタウプは、自分が苦しい思いをしているときに周りの誰かを助けたいと思う本能のことを「苦しみから生まれる利他主義」と名付けました。
若い頃にナチズムと共産主義のハンガリーから逃亡したシュタウプは、暴力と人間性の喪失との関係を研究するつもりでした。しかし、いろいろと調べていくうちに、人びとの助け合いの実話にいくつも出会い、それにシュタウプは魅了されていきました。
例えば、ホロコーストを生き残った人びとのうち82%は、収容所で餓死寸前になっていても「周りの人たちを助けたい」という気持ちを失わず、ほんのわずかな食料を分け合っていました。誰かを助けたいという気持ちが生き延びる力につながり、それは利己主義で食料を分け与えないメリットを上回っていました。
他にも
- 不幸な状況にあっても、ボランティアをした人は、現状に不満や怒りを感じにくくなる
- 配偶者を亡くしたあとに、周りの人たちの世話をするとうつ状態が和らぐ
- 災害に遭ったとき、すぐに回りの手助けをした場合、PTSDを発症する可能性が低くなる
など、自分が不幸な目にあった場合、他人の手助けをすることでそこからの回復が早くなります。
大きな敗北感や絶望感は、それによって鬱ぎ込んでしまったり、食欲が減ったり、うつ状態になったり、人と会えなくなったりと、社会的な孤立や自殺に繋がります。そして、一度ダメになったことによってどんどんダメになる「敗北のスパイラル」に陥ってしまいがちです。
「敗北のスパイラル」を抜け出すためには、「苦しみから生まれる利他主義」が効果的です。
人は、過酷な状況でこそ誰かを助けることによって、自分もそこから抜け出せるようになっているのです。
「思いやり・絆反応」を味方にするためにできること
人間には「思いやり・絆反応」が備わっていますが、ストレスを感じれば必ずそれが生まれるというわけではありません。
ストレスによって、逃避的になってしまう人も、利己的になってしまう人もいます。
では、どうすれば「思いやり・絆反応」を自分のものにできるのでしょうか。
そのための大きなステップは、「苦しんでいるのは自分だけ」という考え方を見直すことです。
失敗や挫折は心理学で「コモン・ヒューマニティ」と呼ばれます。「人間ならば誰でも経験するもの」という意味です。人は、他人の幸せが大きく見え、自分の苦しみを大きく感じる傾向があります。理不尽な目に遭い、心細い思いをしていると、他人が大きく得をして、自分だけが苦しんでいるような気分になってしまうのです。
しかし実際は、誰もが他人の苦しみをほとんど認識できておらず、自分の苦しみを相手に伝えられていないのです。
人は誰も自分だけの苦しみを抱えていて、それは外側からは見えにくいものです。
目には見えない自分以外の人たちの苦しみに気づこうとし、自分の苦しみを素直に周りの人に打ち明けようとすることで、「思いやり・絆反応」への回路が開かれます。
不幸な目に遭うと、わたしたちはつい、誰かが現れて手を差し伸べてくれるのを待つしかないと思ってしまいます。しかし、実はそのようなときにこそ「自分から誰かを助ける」ことが役に立つのです。発想を切り替え、「心の支えが必要なら、自分がそれを提供する側になろう」と考えることで、「思いやり・絆反応」があなたを強くしてくれます。
まとめ
- 人間には、ストレスを受けると誰かを助けようとする本能がある
- つらいときに誰かを助けると、自分の状況も改善する
- 利他的になることで「思いやり・絆反応」が起こり、勇気や希望が湧いてきてネガティブな感情に打ち勝てる
- 「苦しんでいるのは自分だけ」という考え方を見直すと、「思いやり・絆反応」が生まれやすくなる
(参考:ケリー・マクゴニガル(著)、神崎朗子(訳)『スタンフォードのストレスを力に変える教室』第5章)