つらい経験は人を成長させます。数多くの心理学の実験でもその証拠が見られます。
最悪な状況で「これが自分のためになる……」とはなかなか思えないものですが、「人はつらい経験によって成長できる」ということを「意識しておく」ことには大きな意味があります。
ストレスと幸福感は結びついている
まず、最初に質問をしてみます。
「これまでの人生で、あなたが大きく成長したのはどんなときでしたか?」
「前向きな変化が起きたり、新たな目標が見つかったりした、人生のターニングポイントはいつだったでしょうか?」
これだという時期が思い浮かんだら、今度はつぎの質問について考えてください。
「その時期は、ストレスが大きかったと思いますか?」
心理学ケリー・マクゴニガルがワークショップなどでこの質問をすると、ほとんど全員が手を挙げるそうです。多くの人が、大きく成長した時期や幸福を手に入れた時期にストレスを感じています。
実際に、ストレスの多い人ほど幸福度も高い傾向にあり、ストレスの無い生活をしている人は実は幸福度が低いのです。なぜなら、自分を幸福にしてくれる重要な仕事にストレスはつきものだからです。
つらいことなんてなるべく経験せずに生きていきたいと思っていても、ストレスを感じてしまうことこそがわたしたちに幸福をもたらしてくれるという「ストレスをめぐる矛盾」があるのです。
人はなるべく困難を避けようとします。しかし、長期的に見れば、困難は人生を充実させてくれるものでもあるのです。
人はつらい経験によって成長する?
宗教や哲学や娯楽作品など、さまざまなところで「つらい経験をしたからこそ人は成長できる」という考え方が採用されています。
ある調査では、「あなたは最大のストレス源に対して、どう対処していますか?」という質問に対し、82%の人びとが「過去につらい経験を乗り越えたことで培った強さを発揮する」と答えたそうです。
望ましくないような体験さえ、それが価値観を変えたり乗り越えたことが自分の支えになるなど、前向きな変化につながる場合もあるのです。
しかし、このような考え方は、あえてつらいことを経験する「修行」のようなことを推奨するわけではありません。困難が人を強くしてくれる側面があるからといって、自分からそこに向かっていったり、他人が過酷な状況で苦しんでいることを良しとしていいわけがありません。つらい経験はなるべく避けるべきです。
しかし重要なのは、困難な状況はそれを望まなくともやってくることがあるということです。そして、「つらい経験をしたから人は成長できる」という考え方は、不可避的にやってくる困難を乗り越えやすくしてくれます。
つらい経験やトラウマ体験それ自体に意味があるわけではありません。苦しみを意義深いものに変えることができる能力は、あなた自身に備わっているものです。望ましくない経験を成長の糧として、それを経験する以前よりも強くなれる力が、人間にはあるのです。
「困難が自分を成長させてくれる」という考え方を採用するメリットは大きい
「つらい経験が今後のためになる」「逆境だからこそ人は成長できる」という考え方は、ときに多くの批判を浴びます。それが児童虐待やブラック労働などの社会問題を肯定しているように思われることがあるからです。(当然ながらこの記事は、困難な状況それ自体が良いものだと主張しているわけではありません。)
しかし、人は望まなくとも、困難な状況に陥り、つらい経験をしてしまうことがあります。そのようなときに「自分の人生は終わった」というようなことを考えても、何も良いことがありません。一方で、「つらい経験は自分を成長させてくれる」という考え方をしていると、困難に立ち向かう力が増すことがあります。
実際に、人間にはつらい経験を糧にして成長できる力が備わっていることが、数多くの研究や調査で明らかにされています。これは、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」の真逆の概念として、「PTG(心的外傷後成長)」と呼ばれています。
望ましくない状況に見舞われたとき、そこから得られるポジティブなものを探そうとすると、その状況から回復しやすくなり、さらに経験を糧にして成長しやすくなります。
つらい経験から
- 「人生はかけがえのないものだと思うようになった」
- 「自分の思いがけない強みに気づけた」
- 「精神的な成長をとげた」
- 「家族や仲間との関係が深まった」
- 「新しい可能性や方向性を見いだした」
などなど、ポジティブな側面に注目することができたほうが、その後のさまざまな面で良い効果があります。
これは、「考え方」によって結果が左右されるという典型的なマインドセット効果です。
詳しくは以下の記事を参考にしてください。
困難に直面したさいに、「もうダメだ」となってしまうのか、「つらい経験から人は成長することができる」という事実を知っているかどうかでは、単なる精神論ではなく「現実的に」困難にうまく対処できるかが変わってくるのです。
それでは、困難の中に良い側面を見いだし成長できる「PTG(心的外傷後成長)」をしやすくなる方法はあるのでしょうか?
「代理成長」や「心的外傷後成長」という概念を知っておくこと
逆境から立ち直った人の伝奇やドキュメンタリー、友人や家族の境遇などの「ストーリー」をとおして、わたしたちは人間として成長したり、つらい経験に意味を見いだすことができます。自分自身の経験でなくとも、他者の経験から「PTG(心的外傷後成長)」をすることができるのです。
このことは、心理学では「代理成長」や「代理レジリエンス」と呼ばれています。
「代理成長」は、医師、看護師、心理療法士、メンタルヘルスケアに従事する人びと、ソーシャルワーカーなどによく見られるそうです。
人を助ける職業は、相手のつらさが自分に感染してしまい憂鬱になってしまうような印象を持たれることが多いです。しかし、他人のつらさに共感することで、自分の人生に意義を見いだし、幸福度が高まる可能性が高いのです。
「代理成長」ができるかどうかで最も重要な決め手となるのは、「心から共感すること」でした。
一方で、「哀れみ」の気持ちを持つと、「代理成長」から最も遠ざかるそうです。
誰かの悲劇を目の前にしたとき、共感するよりも哀れむほうが安全だと思ってしまうのですが、相手の苦しみに心を打たれてこそ、わたしたちは経験から学んで成長することができるのです。
実は、この「代理成長」という概念を知ってそれを意識するだけでも、実際に「代理成長」が起こりやすくなることが研究で明らかになっています。
つまり、この記事を読んだあなたは、誰かが悲劇から立ち直った経験を通して、自分自身も成長できる可能性が高くなったのです。
同じように、自分自身の「PTG(心的外傷後成長)」に関しても、「つらい経験から人は成長することができる」ということを意識するようになるだけで、それができる確率は上がります。
長い人生の途中で避けられない困難に直面してしまうとしても、それによって自分は成長できるということを意識しておいたほうがいいのです。
まとめ
- 人はつらい経験を糧にして成長することができる
- そう思うのは難しいが、困難に直面することが避けられない以上は、そう思っていたほうが良い結果を出せることは間違いない
- 「代理成長」や「心的外傷後成長」という知識を知って意識しておくことで、実際に成長できる可能性が高くなる
(参考:ケリー・マクゴニガル(著)、神崎朗子(訳)『スタンフォードのストレスを力に変える教室』第6章)