記憶するための3箇条。脳の学習はコンピューターとは違う

脳科学の進歩により、脳の側に立った記憶術が提唱されています。

人間はコンピューターと違って何事も一度では正確に記憶できないのですが、それは「消去法」のような学習の仕方をしているからなのです。

記憶の3箇条

『記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』の著者である脳科学者の池谷裕二は、人間が何かを記憶するために必要なことを「記憶の3箇条」として次のようにまとめています。

  1. 何度も失敗を繰りかえして覚えるべし
  2. きちんと手順を踏んで覚えるべし
  3. まずは大きく捉えるべし

これらには、数々の実験によって明らかになった科学的な根拠があります。

何かを学ぶときに意識しておいて損はないはずです。

ネズミを使った実験

「スキナー箱(オペラント実験箱)」と呼ばれる、中にネズミ(ラット)を入れて、レバーやボタンを押すと餌が出てくる研究装置があります。

餌を手に入れようとするネズミがどのように学習していくかを観察するのです。

例えば、「ブザーが鳴っているときにレバーを押すと餌が出てくる」とします。

ネズミにとって目の前のレバーは生まれて初めて見るものであり、レバーが押すものであるということさえ理解していません。突然ブザーが鳴ったりする変な部屋に閉じ込められることになります。

学習の第一段階

部屋の中を動き回ってるうちに、偶然にレバーが押され、なおかつブザーが鳴っている途中であれば、おいしい餌が出てきます。

この偶然が何度か続くと、ネズミは「レバーを押すこと」と「餌をもらえること」の因果関係に気づきます。ここまでが学習の第一段階です。

学習の第二段階

第一段階の学習が終わったネズミは、餌を求めてひたすらレバーを押し続けます。ブザー中に押せば餌をもらえますが、ブザーが鳴っていないときに押しても餌は出てきません。

やがてネズミはブザーとレバーの因果関係を理解して、「ブザーが鳴ったときにレバーを押す」という正解の行動をとれるようになります。

何十回、何百回という試行錯誤を繰り返すことで、ブザーとレバーの関係を覚えるのです。

動物の脳は、このように数多くのトライ&エラーがなければ正しい記憶ができません。「失敗」と「繰りかえし」によって記憶が形成され強化されるのです。

脳とコンピューターの「記憶」の違い―曖昧であることにメリットがある

実は、動物の「脳」と「コンピューター」とでは、「記憶の仕方」が全然違います。

コンピューターは、たとえ多段階の手順であっても、一回の保存で完全に記憶できます。一方で脳は、試行錯誤しながらひとつひとつ手順を踏まなければうまく記憶できません。

また、脳はコンピューターと違い、せっかく覚えたことを、忘れたり、間違えたり、勘違いしたりしてしまいます。つまり脳の記憶はおおざっぱで曖昧なのです。しかし、その「曖昧」な記憶にこそ脳の本領があります。

例えば、先ほどのスキナー箱の実験のネズミに、訓練中に「ド」の音を聞かせていたとします。そしてあるとき「ド」ではなく「ソ」という音にブザー音を切り替えます。そうしても、ネズミは何事もなかったかのように「ソ」の音にも反応してレバーを押します。

つまりネズミは、「ド」の音でも「ソ」の音でもなく、「ブザー音」という概念に反応していたわけです。

コンピューターはそうはいきません。「ド」と「ソ」をまったく違う音として認識してしまいます。

コンピューターの正確な記憶ではない、脳の曖昧な記憶は、きわめて重要な役割をはたします。例えば、文字の筆跡は人それぞれで微妙に違いますが、脳はそれを同じものとして認識することができます。だからこそ、それぞれ微妙に癖がある各人の筆跡を、同じ「文字」として読めるのです。

つまり、脳の記憶は「曖昧だからこそ柔軟」なのです。

「曖昧で柔軟」といった特性を持つ脳の記憶にとっては、「似ている」ということが重要です。だからこそ、「似ているもの」を覚えるために、「似ていないもの」を削除していく消去法で記憶していきます。

「①何度も失敗を繰り返して覚える」必要があるのはそのためです。

失敗をして、それを基礎としてつぎに何をするか考えることを繰り返す、というやり方で「応用力のある曖昧な記憶」が作られます。

人間の脳の記憶は、他の動物に比べても、もっとも曖昧なのだそうです。

ネズミや雀など、進化論的に下等な動物ほど、コンピューターのように記憶が「厳密」な傾向があります。厳密な記憶は「似ている」が理解できず、応用が効かないのです。

人間は記憶が曖昧なゆえに、間違いや勘違いをよくしてしまいますが、それは応用力と表裏一体になっています。

そのため、コンピューターのように正確無比に記憶できる能力を賞賛するのは考えものです。厳密な記憶ほど応用ができないからです。

きちんと手順を踏み、まずは大きく捉える

記憶の3箇条は

  1. 何度も失敗を繰りかえして覚えるべし
  2. きちんと手順を踏んで覚えるべし
  3. まずは大きく捉えるべし

でした。

「曖昧なゆえに柔軟」な記憶の形成のためには、たくさんのトライ&エラーを繰り返して「似ているもの」と「似ていないもの」を区別しなければいけません。「①何度も失敗をくりかえす」必要があるのです。

また、実験によって「②手順を踏む」のと「③大枠を捉える」のが重要であることがわかっています。

ネズミは「ド」と「ソ」を同じブザー音として認識しましたが、この二つを区別させることも可能です。

例えば、「ド」のときは餌を与えて「ソ」のときは餌を与えないようにすると、ネズミは二つの違いを理解して、「ド」の音にだけ反応するようになります。

さらに訓練すれば、「ド」と「ド#」という些細な違いですら聞き分けられるようになるでしょう。

しかし、ここからが重要です。

最終的に「ド」と「ド#」の聞き分けができるようになるためには

「レバーを押すと餌が貰える」

「音が鳴っているときにレバーを押す必要がある」

「餌が出る音と出ない音がある」

「細かい音の違い」

という手順を踏む必要があります。

いきなり「ド」と「ド#」を聞き分ける訓練をさせてもできるようにはなりません。「音の違い」という概念を獲得する手順を踏まなければ学ぶことができないのです。

また、「ド」と「ド#」の違いを学習するときは、まずは「ド」と「ソ」の違いという簡単なステップから始めたほうが、一見遠回りに思えますが、結果的には早く学習できます。細かい事象の差を知るためには、最初に大きく事象を捉えることが必要なのです。

以上が「記憶の3箇条」の根拠です。

脳はコンピューターのようにものごとをそのまま記憶しているわけではないことを知っているだけでも、何かを勉強したり覚えたりする際に役立つでしょう。

まとめ

  • 脳はコンピューターと違い、間違いや勘違いをしてしまいやすく、おおざっぱで曖昧な記憶の仕方をしている。しかしそれゆえに応用が可能
  • 脳はコンピューターのように「丸暗記」が得意ではないので、何度も失敗を繰りかえしながら消去法で記憶していく必要がある
  • きちんと手順を踏まなければ覚えられないことがあり、大まかな違いを知ってからのほうが細かい違いを覚えやすい傾向がある

(参考:池谷裕二『記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』第3章、第4章)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする